読書の愉しみ

読書の感想をあれこれ書くブログ

「街とその不確かな壁」(ネタバレなし)

Amazonでベストセラーとなっている、村上春樹氏の新作、今日読み終わった。

村上氏独特の書き方で、時代設定は現代らしく、主人公には名前がない。そして壁に囲まれた街であることが起こる。

高校時代に「ノルウェイの森」に出会ってから、(出会ってしまったために、化学の期末テストで赤点を取りそうになったのだけれど。)ほとんどの作品を読んできた村上氏の作品。この人の作品とともに大人になったが、社会人となった段階で、やや客観的な読み方をしてしまった。

耳障りの良い音楽のように文章を追える、その心地よさが良くて、毎回新作が出ると初版で買って読んでいる。ただ、本棚に残すようなことはしていなくて、読みたいと言っている友人・知人にあげてしまう事が多い。

友人、知人は感想として、「羊男とは何か」「騎士団長という設定はふざけている」ということが多いのだが、その現実感のなさ、大地に立脚しない不安定さが村上ワールドの良さだとは理解できないだろうか?

今回、「街と‥」を読んでみて、現実に立脚しないマインドというのが、たとえば、複数の胃を持つ牛のように、村上氏の中にあるのではないか、と考えるようになった。所謂社会通念みたいなものを持つマインドと、現実に軸足を持たないマインド、そんなマインドを村上氏は持っているように思う。

小説を立ち上げるたびに、独特の世界を自分の中に分身のように作ってしまう、それが村上氏のように思えた。その分身を構造として書き出してみると、小説となった、みたいに。

途中で、ガルケスが出てきて(先日ブログにガルケスを書いたのは全くの偶然。読んでいてガルケスが出てきて偶然の一致にびっくりした。)「マジック・リアリズム」を匂わせているが、ガルケスの場合は南米の風土がそうさせている、という感じで、南米のミステリアスさが描かれているが、村上氏の場合はご本人に帰属するミステリアスさとでもいうべきか。

なお、今回は暴力シーンやら性表現がないので、プレーンに読める。ご本人は文学にはそういうものがつきもの、という意味合いで書いていたらしいが、ない方が村上ワールドらしい。

どの世代も惹かれてしまう、村上ワールド。昭和、平成、令和の読書人ならではの楽しみは彼の新作が読める、という事だと考えているので、もしまだの方がいらしたら、ぜひお読みになってほしい。如何様にも解釈できる世界観を愉しむ楽しみをこの春に味わってほしい。